2007年02月18日

堕落

夢と紙一重なのが堕落ではないかと感じるときがある。
それは何かと上手くいかないこともあれば、
思ったように達成できないことからの反動なのかもしれない。
夢の達成というのは、実際のところどういうことなのか?
それは人によって違うということしか明確ではない。

子供の頃からの夢と社会に出てからの夢は大きく異なる。
夢は現実を知れば知るほど小さくなっていく。
これは、とても寂しいことだ。
でも、それは致し方ないことだと納得することも
大切なのだろう。

その意志は、あくまでも本人が決定することで
周囲が押し付けるものではない。
夢の達成は、そう考えると本当に達成しているのは
意外に多いのかもしれない。
他人から見たら小さな夢でも、本人にとっては
壮大な夢であることがあってもいい。

重要なのは達成できなかったときに、
どう対処していくことかに尽きる。
堕落しても、そこから新たな道も拓けるかもしれない。
いや可能性というものは、いつも持つことができる。
それは生物に与えられた特権でもあるのではないだろうか。
堕落からの脱却は、希望を持っていればチャンスも来る
と思っている。
posted by 最中とモナカ at 08:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2007年02月07日

くだらないことから

何も難しいことや、その方向性を信じる必要はな
ないのかもしれない。
楽になる重要性は、人生にとって欠かせないのではと
さえ感じる。

私はくだらないことへの蔑視は、全くない。
くだらないと言うと、かなり馬鹿げたことなのかもしれない。
人に迷惑をかける馬鹿げたことには否定的である。
逆に人々を楽しませる、くらだらないことには肯定した
意見をもっていてもいいのではないかと思っている。

自分にとって、くだらないことが何故必要なのかと考えてみた。
一日の中で、どこかで息を入れることは大事なことでもある。
それが出来なければ息が詰まる状態になるのではと、
想像するだけでも重い感じがする。
だからと言って、そんな時にくだらないことをする必要が
あるのかどうかは本人が決定することでもある。
では、くだらないこととは?どんなことなのか。
それは無意味なことであって、笑えることでもあるのでは
ないかと思っている。
笑いといっても、お笑い芸人さんたちの笑いとは違う
ものであることは確かなようだ。
posted by 最中とモナカ at 04:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2007年02月01日

妥協

どこかで妥協することはある。
何故、妥協するのか?
そうしないと物事が進まないからなのかもしれない。
これは大人の発想であって、子供は妥協を知らないのだろうか。
そうでもない、子供たちは子供たちの社会の中で妥協している。
こう考えると、年齢に関係なく人間の集まりの中では妥協は
発生するようだ。
だが妥協してはいけないことも沢山あるのかもしれない。
これは、妥協しないことを助長する意味で云っているのはない。
あくまでも、全てを譲る必要性と価値には否定的だからだ。

全てを譲っては意味がないと、その本人が考えればの話ではあるが、
譲れない部分というのは、大事な気がする。
それは自分本位に行動することではなく、自分本位で何かをやれる
スペースがあればのことなのかもしれない。

例えば、全て任された空間の中で、ここだけは譲れないと
自分の拘りを見せることも必要なのではと思えるからだ。
それがわがままだとしても、他人に迷惑を掛けるわがままでは
なければ押し通すこともあっていい。
一人の人間として譲れないことは、沢山あるのかもしれない。
そこから幾つのことが、自分の拘りを表現できるかが問題なのかも
しれない。
posted by 最中とモナカ at 06:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

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